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世界の萌えキャラ Betty Boop [動画]

youtubeで動いているベティちゃんを観た時、あまりの愛らしさに身もだえしそうになりました。
クリクリ動く大きな目にアニメ声、全てがキュートで、一世紀近くも昔に、こんなに可愛いキャラクターが誕生していたなんて!
改めて30年代のアメリカンアニメは凄いと思いました。
(長いですし完全に私の趣味ですが、ご興味のある方はどうぞご覧下さい^^;;)

ベティ・ブープは、マックスとデイヴからなるフライシャー兄弟が設立したフライシャー・スタジオから誕生しました。
マックスは、映画のサイレント時代から、人物の動きを1コマ1コマ写し取るロトスコープという方法で、生身の人間の動きを正確にトレースした技法でアニメを制作。
サイレント時代の代表作、「Koko the Clown」では、人間とそっくりのリアルな動きをする道化師ココが、当時の人々にはとても奇妙に映ったそうです。

そして、トーキー時代には、ミュージカルの様にストーリーが進行するトーカートゥーン(話すtalkと、漫画cartoonの意味を合成したtalkatoon)シリーズが作られ、その中から、犬のビンボ(日本語訳でビン坊と訳された)という新キャラクターが生まれます。

ベティ・ブープの原型は、ビンボの恋人役という脇役でしたが、観客の人気に応える様に主役へと昇進し、アニメーションにおける初の女性キャラクターとなりました。
初期は耳の垂れ下がったフレンチプードルとして描かれていたベティちゃんでしたが、作品ごとに人間として進化し、今日の洗練した姿になりました。
世界的に愛されるアニメキャラクターを生み出した事においても、トーカートゥーンシリーズは大変重要な役割を果たしたと言えるでしょう。
そして、「Stopping the Show」(花形ベティ 1932)が、ベティ・ブープシリーズの正式な1号となりました。

ベティ誕生の際には、20年代末代から、♪ププピドゥのフレーズで知られた、女優で歌手のヘレン・ケインがモデルになったそうです。
あちこちの髪のカールが跳ねた個性的な風貌と声は、ベティ・ブープを生み出そうとしていた時、良いお手本となりました。

ヘレン・ケインの代表曲である「I Wanna Be Loved by You」は、ミュージカル「土曜は貴方に」でヘレンの声を吹き替えにデビー・レイノルズが、「お熱いのがお好き」でマリリン・モンロー本人が歌っています。

のちにヘレンは、彼女のトレードマークである外見や歌い方、♪ブプピドゥのフレーズを使われたかどでで、フライシャー・スタジオを訴訟しましたが、これに対し、ケイン以前にも他の芸人が♪ブプピドゥのフレーズを使っていた事が証明され、ケインは敗訴しました。

ベティの声を担当しているのは、ヘレン・ケインそっくりコンテストに出場し、スカウトされたメイ・クエステル。
1930年からベティシリーズ最終作まで、彼女がベティの声を演じ、定着しました。
もう一つ、フライシャー・スタジオの代表作である「ポパイ」のオリーブの声も担当しています。
日本語版吹き替えでは、まったりとした雰囲気の向井真理子さんでおなじみですが、私としては、キャッキャ声が可愛くキュートな、こおろぎさとみさんの声がイメージに合うのではないかと思います。

さらにベティシリーズでは、ベティがよく歌い、よく踊る、ジャズ好きにはたまらないミュージカル劇になっています。
特に、キャブ・キャロウェイが出演している「ベティの家出」、「ベティの白雪姫」、「ベティの山男退治」は、音楽のノリとダンスのリアルさ、シュールでカオスな展開に目を見張る、秀逸な名作です。

キャブ・キャロウェイとベティアニメの出会いは、音楽担当のルー・フライシャーが、採用する音楽を探しにハーレムへ出かけ、自身が歌い踊る、他のバンドリーダーとは違ったキャブに強いインスピレーションを受けた事に始まります。

キャブはスウィング全盛時代、アフリカ系アメリカ人のバンドとしては全米で最も人気を誇ったビッグバンドリーダー。
顧客は全て白人かセレブ、出演者は黒人と言うコットンクラブで、エネルギッシュなスキャット、派手なパフォーマンスによって人気を博し、MC役としても活躍をしていました。
足を踏み出しても前に進まないムーンウォークなど、キャブの踊りは後のマイケル・ジャクソンのパフォーマンスのルーツとも言われています。

さらに、クラシックの声楽を学んだキャブは素晴らしい声量の持ち主でもあり、ミニー・ザ・ムーチャーの中のコーラス、♪ハイ・デ・ホーという掛け声は、ハイディホー・マンという彼のあだ名にもなりました。
「ブルース・ブラザーズ」(1980)でもエンターテイナーぶりは健在、キャブ本人が、全身白の燕尾服に身を包み、往年のあやしいステップを踏み、出演しています。
また「You Rascal You」では、ルイ・アームストロングがゲストを務めるなども見逃せない所です。
ちなみにベティシリーズのテーマ曲を作曲したのは、パラマウント映画で音楽を担当していたジョニー・グリーンで、「Body And Soul」(身も心も)の作曲者としても知られています。

1932年の「Minnie The Moocher」(ベティの家出)は、キャブの代表曲がタイトルになっていて、実写の冒頭と、洞窟のセイウチによって、歌と踊りが披露されています。
花も枯れてしまう位、美味しいとは言えない食事のためか、食べるのを拒否したベティ、蓄音機に代わってしまう位、非人間的で古い小言を繰り返す父親から逃げ出したくて、ビンボと共に家出を決行、何やら気味の悪い洞窟へと迷い込んでしまいます。

幽霊達の宴を目の当たりにし恐怖しますが、セイウチのお化けが歌う、Minnie The Moocherは意味深な歌詞、家出娘の成れの果てとしてベティを諭しているのかも知れません。
冒頭にもある、両手をだらりと下げて歩き回るキャブの奇妙な踊りは、麻薬によってふらふらになってしまった体を表しているそうです。
そして恐怖が限界に達した所で、魑魅魍魎に追われながら、飛んで家に逃げ帰ります。
最後は「Home sweet home」、やっぱり家が一番ね、というオチで締めくくられ、ホッとさせられます。


「ベティの家出」Minnie The Moocher 1932




さあ、ヤク中ミニーの話をしよう
ミニーはどうしようもないアバズレ女
ガサツで気が強く、
まったくクジラみたいな強心臓の持ち主だった

ミニーはスモーキーという名の男と付き合っていた
彼女は彼を愛していたが、彼はジャンキーだった
彼はミニーをチャイナタウンへ連れ出し、
ヤクの打ち方を、手ずからご教授したってわけさ

ミニーはスウェーデン王の夢を見た
王は彼女に欲しいものをすべて与えた
金や鋼でできた家とか、
プラチナの車輪がついたダイアモンドの車とかね

実はスモーキーが薄汚いタウンハウスで、
ミニーにコカインを与えていたんだな
毎度の食事は麻薬のフルコース
ラリパッパーの彼女は5セント貨や10セント硬貨を100万ドルと思って、
10億回もくりかえし数えていたのさ
これが哀れなミニーの話さ



「ベティの白雪姫」 St. James Infirmary Blues 1933




みんな、僕はセント・ジェームス診療所にいくんだ
そこで僕の愛する人を見るだろう
白くて長い台に乗せられた彼女を
美しく、冷たく、そして清らかな

彼女を自由にしてあげて、神様、彼女に祝福を
どこにいる時でも
彼女は世界中を探し回るだろう
でも僕みたいな優しい男は見つかりはしない

僕が死んだらノンタックの半ズボンを履かせて
大きなヒダ入りのコートに、ステットンの帽子も
時計の鎖には、20ドル硬貨も
子供たちには勇敢な最期だったと伝えて欲しい

6人のバクチ打ちに棺を運ばせ
女の子のコーラスに、僕の歌を唄わせて
ホットなジャズバンドを、一番前に歩かせてね
皆が歩きながらハレルヤを聞けるように

みんな、これで僕の話はおしまいだよ
なあ、ウイスキーを一杯もらってもいいだろう
誰かが君に尋ねるだろうから
その時は、このセント・ジェームス診療所ブルースを聞かせてやって



「ベティの山男退治」 The Old Man of the Mountain 1933




白くて長い髭と怪しい目つき
足音ひとつで恐怖に陥れる
ギラリと目を光らせた山の大男のことさ

髪は長くて、いつも裸足で
グリズリーみたいに狂暴なんだ
ヤツに怖いものなどない ヤツに怖いものなどいない
山の大男のことさ

孤独な時はクマと話し、大空をテントに眠るんだ
お腹がすいたら、君を食べてしまう
少しの手間もかからないぞ

ナラの木ほど長生きで
僕たちみたいな愚か者が食料だ
おかげでいつも溜息ばかり
山の大男のことさ




飛びぬけて音楽が素晴らしいキャブ・キャロウェイとのコラボ作品をピックアップさせて頂きましたが、ブラックユーモア色が強く歌詞も暗すぎて、全く子供向けじゃありません。

フライシャー・スタジオは一時代、ディズニーとはライバル関係にありましたが、正統派とも言えるディズニー作品と比較すれば、革新的で独特のユーモアがある、シュールな作風でした。
例えば、「Swing Shift Cinderella」(夜勤のシンデレラ、または、狼とシンデレラ 1945)では、軍需工場の夜勤シフトで働いているシンデレラが、カボチャの馬車ではなく高級車で、プリンセスドレスではなく毛皮のコートといういで立ちで、お城ではなくナイトクラブへと向かい、セクシーなダンスを踊り、狼とドタバタ劇を繰り広げると言う内容。
大人の風刺に溢れるアニメは、ディズニーでは出せない味わいがあると思います。


そして、おどろおどろしいだけではない天真爛漫で無邪気なベティちゃんも沢山見られますので、探してみて下さいね。
「ベティの日本訪問」 A Language All My Own 1935 ベティちゃんが日本語で歌を唄います。
「ベティは裁判官」 Judge for a day 1935 激おこプンプン丸のベティちゃんが超可愛い。
「ベティ博士とハイド」Betty Boop M.D. 1932 カオス過ぎて最後はトラウマになるかも?などはお勧めです。



「I Wanna Be Loved By You」
「Stopping the Show」(花形ベティ)のワンシーンに、ヘレン・ケインの歌を当てはめた動画





「Ragamuffin Romeo」 つづれのロミオ 1930
度々記事にしているポール・ホワイトマン楽団の映画、「king of jazz」で歌っているジニー・ラングもベティちゃんそっくりなんですよ!









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がんについて [雑記]

日本人は2人に一人ががんになり、3人に一人ががんで亡くなると言う、がん大国です。
にもかかわらず検診率は半分にも満たない事から、がんに対する意識はあまり高いとは言えず、それはどこか他人事と言う気持ちがあるからではないかと思います。
また、がんイコール死の病という認識から、どこか見ないで済ませたい、避けてしまいたいという気持ちもあるでしょう。

私も、父親が進行した胃がんになって初めて、予防も含め知っておく事の大切さ、普段、健康であっても、自覚症状がなくても、検診を定期的に行う事の大切さを知り、父は身を持って教えてくれたと思います。

健康への意識が高い方にとって、今さら?と思われるかも知れませんが、がんとは何か、どのようにしたら防げる確率が高くなるか、がんに対し関心を持ち、知って頂きたいです。
生涯でなる確率は二分の一、自分は大丈夫などと決して言えない病です。
万一なったとしても、それを受け入れ、最善を尽くす事が大事。
敵と戦うには、まず、敵の性質を知る事から。
慌てず騒がず対処するため、あらかじめ予習をし、知識を持っていれば余裕も生まれます。
がんに対して特別な病と言う意識は捨てて、是非、皆様も正しい知識を取り入れて下さい。
中川恵一先生の本などは、とても読みやすく分かりやすかったので、私も理解が深まりました。
そこで得た知識など、少し覚書させて頂きます。


まず、2人に一人ががんになると言う数字は、高齢者になると罹患率が急激に増えてくるため。
がんは細胞の老化現象とも言え、平均寿命が世界一の日本だからこそ増えた、人生のトータルで考えれば決して珍しくない、ありふれた病気です。

昔、日本人の死亡原因の1位は結核でしたが、抗生物質のお陰で激減、次に脳卒中が1位になり、栄養状態が良くなって血管のもろさがカバーされると、1980年代からはがんがトップになっています。
団塊の世代とそれ以前の方々の幼少時には、冷蔵庫が普及しておらず、衛生状態があまり良いとは言えない環境で育ち、ピロリ菌が定着していたり、また、塩辛い食事習慣を持つなどで、胃がんにかかりやすい世代でした。
時代が進み、食生活が欧米化すると、動物性脂肪の過剰摂取、運動不足などから、大腸がん、前立腺がん、乳がんなどが増えてきました。

がんは遺伝すると言われますが、がんを抑える遺伝子に異常があり、それが受け継がれると家族性腫瘍となる様です。
しかし、それはがんの中でも5%との事。
なので、大部分のがんは遺伝ではなく、生活習慣に拠るものだそうです。
家系にがんの人はいないから大丈夫、などと決して思わないで下さい。
父も、祖父が倒れた原因の脳溢血の方ばかり気を付けていたので、がんへの意識が抜け落ちていたのです。

がんになる原因の多くは、喫煙による有害物質が最も多く、世界からタバコが無くなれば、がんは2割減ると言われています。
そして、飲酒や食生活、運動習慣などの生活習慣と続きますが、どんなに気を付けていても、なる時にはなってしまいます。
しかし、気を付けている人とそうでない人を比べれば雲泥の差であり、やはり生活習慣を整える事で予防が出来る病気なのです。

がんは、恐ろしい病には違いありませんが、元々は、細胞分裂のコピーミスの出来損ないです。
寝ても覚めても、日々、免疫細胞が抹消してくれるのですが、自分のDNAを持った細胞なので、異物として判断し難く、見過ごされやすい面があるのです。
歳を取る程、細胞分裂は繰り返されて行きますが、その度にDNAの傷は蓄積して行き、さらに免疫の働きは衰えて行く一方。
長生きすればするほどがんは増えて行くのです。

「はたらく細胞」は、とても大好きなアニメですが、この世界(生命)の平和と秩序を守るため、役割を持ったそれぞれの細胞達が、懸命に使命を果たそうとする姿はとても感動的で、愛おしく、もっと細胞達の住むこの世界(身体)を大切にして行きたい、と思わされる漫画です。
がんからすれば、「がん細胞」の回で擬人化したがんが言っていた様に、僕はただ生まれてきただけなのに、なぜ殺されなきゃならないんだ!と言う思いかも知れません。
しかし無秩序に広がり、増殖し続けるがん細胞は、生命の維持を妨げ、破壊するだけの敵。
免疫細胞と、激しい戦いを繰り広げます。

私達の細胞は、新陳代謝によって1~2%の細胞が毎日死んでゆき、その分、新しく分裂し埋め合わせをしてくれていますが、受精卵から出発して約50回分裂すると、それ以上は分裂しなくなります。
人を含めた多細胞生物のDNAは、ひもの様な形をし、端っこ(テメロア)があります。
分裂の度に、テメロアは複製できないので短くなって行き、通常の細胞は約50回複製すると、帯が短くなり、これ以上は無理と言う所まで来て限度となるのです。
私達に寿命があるのはそのためで、何の病気にもならなくても大体120歳ぐらいが最大の寿命と言われています。

しかし次に命を繋ぐ、精子と卵子が結びついて減数分裂した生殖細胞は、テメロアを修復する酵素によって、分裂を繰り返してもテメロアがリセットされ、またゼロからのスタートになるそうです。
個体としての死を運命付けられた私達ですが、性を持つ事で、永遠に多様な遺伝子を繋いで行ける仕組みを持っているのです。

一方、大腸菌の様に、環境さえ整っていれば無限に増殖する生物のDNAは、輪っかになっていて終わりがありません。
不死細胞と言われているがん細胞にも果てがありません。
プールに広がる大腸菌と同じように、環境さえ整っていれば、いつまでも増殖を繰り返します。

がん細胞はもともと体の細胞ですから、分裂回数に限度があるはずなのですが、生殖細胞と同様テメロアを元に戻す事が出来るのだそうです。
世界中で、がんの研究に使われているヒーラ細胞は、米国のヘンリエッタ・ラックスさんの子宮頸がんから採取されたもので、亡くなられてから70年近く経ってもヒーラ細胞は生きています。

私達の細胞は本来、一つの村の様に秩序を乱さず、個々の受け持ちを守って、協調し合って生きており、時に自分が全体のために不要になると、自分で自分を殺す事もします。(おたまじゃくしのしっぽなど)
多細胞から成る生き物は、不都合な細胞なら死ぬ仕組みも組み込まれているのです。

地球に初めて誕生した生物は、無限に増殖し続ける不死でした。
全体のために死ぬと言う機能は、後から付け加えられたもの。
DNAの死ぬ機能が、なんらかの理由で傷がつき壊れてしまった、栄養がある限り生き続ける不老不死の細胞、それががんです。
こういった事から人類にとって、がんは、先祖返りとも言われています。

がんが進行して命を落とす大きな理由は、がん細胞が、正常な細胞の分まで栄養を奪って衰弱するためです。
がんは分裂するスピードが速く、大量のエネルギーを必要とするため、患者さんは必ず痩せて行きます。
そして、さらに栄養が取り込める場所へと新天地を求め、移転して行きます。
やがて塊になると、他の臓器の機能を阻害するようになります。
決まりを守らないがん細胞は、無秩序に増殖しながら、勝手に移動し、どこまでも身体を破壊して行くのです。
それによって身体が死んでしまえば、がん細胞も一緒に共倒れになると言うのに・・・。
これは、自然破壊によって地球の循環機能が失われた時に、自分達も自滅すると言う、人類の成り行きの様です。

人類は、地球上のどの生物よりも脳が発達したおかげで、他を凌駕し、生き物の頂点に君臨しています。
けれど、欲望や都合を優先し、必要以上にエネルギーを消費し、自然を破壊して行く。
温暖化と異常気象を作ったのは人間の所業ですし、私達は、涼しい部屋で快適に過ごしているけれど、そのツケを他の生き物達が負って、逃げ場がない暑さの中、命からがらの状況で生き延びていると思います。
人間に生まれて申し訳ない気持ちにもなります。
時を経て、取り返しがつかない所まで行った時に、人類は地球と共倒れになるがん細胞だったと気付く事になるのでしょうか。

1個のがん細胞から、発見できる大きさになるまでには10年~20年かかると言われていますが、その後は雪だるま式に大きくなって行きます。
初期には自覚症状などありません。
痛みを感じた時にはもう手遅れの事が多いのです。
自分は元気と思う時に検診に行っておく事が何より大切です。
私も初めて胃カメラ検査に行ってきましたが、麻酔で眠っている間に検査して頂けたので、苦痛はほとんど感じませんでした。
こういった方法もあるので、是非、気軽に受けて下さい。

中川恵一先生は、本の中で、進行したがんは鳥かごから逃げ出した鳥に例えています。
早期がんの治療は、鳥かごの中の鳥を捕まえるようなもの、さほど難しくない。
ある程度進行してしまうと、今度は部屋の中にまで飛びまわってしまっている状態で、捕まえようと思えば捕まえられる。
しかし、他の臓器に移転してしまっているがんは、鳥が部屋の外へ飛んでしまった状態なのだと。
大空へ飛んで行ってしまった鳥を捕まえるのは、容易ではありません。
移転する程のがんは、抗がん剤やあらゆる免疫を潜り抜けて来たがんであり、凶悪化を増し、タチが悪くなっているからです。
しかし、世の中には末期がんからの生還を果たす人もいるので、鳥が自分から鳥かごへ戻る様な奇跡もあると、中川先生は書いておられます。

がんと言っても種類は千差万別、様々なタイプがあり、根治しやすいがん、難治性のがん、ウイルス性のがん(がんそのものがうつる訳ではなく、ウイルスが原因で遺伝子に傷が出来るタイプ)、進行が早いがん、遅いがん、性ホルモン依存型のがんなど。
治療は、手術、化学療法(抗がん剤治療)、放射線治療などを組み合わせて行い、そして緩和ケアと続きます。
それぞれの性質を見極め、治療する事が大事です。
標準治療は、イコール推奨された最善の治療と言う事。
名前から言うと並みたいなイメージですが、お金を掛ければそれだけ良い治療が出来るというわけではありません。
国立がん研究センターなどの、信頼できるサイトから情報を集め、怪しい民間療法に引っかからない事が大事です。

国立がんセンターは蟹のマークですが、癌の塊は蟹の甲羅の様に固くなるためとの事。
江戸時代では、表面に出ている癌しか診断が付かなかったので、癌と言えば乳癌(乳岩)を指していた様です。
また、徳川家康の死因も胃がんであったとか。
鯛の天ぷらによる食あたりと言う事ですが、食してから数か月も経っている事、食欲不振、胃の辺りが硬かったと言う事から、胃がんであった可能性が高い様です。
がんは昔からあり、古代ギリシャのヒポクラテスはがんをカルキノス(蟹)と呼び、人間の身体の中にハサミを使って侵入し、肉をことごとく食べ尽くしてしまう邪悪な蟹であると考えたらしいです。

悪性腫瘍には、「癌」の様に上皮組織に出来るもの、その他にも骨肉腫や、白血病などもあり、全てを含めた広義の意味で、「がん」と言うのだそうです。
なので、全ての悪性腫瘍を診療の対象としているため、国立がんセンターの「がん」はひらがな表記なのだそうです。

本で読んだ中で、とても良い例えがあったので書かせて頂くと、交通事故で死を避けるには、安全運転とシートベルト着用をする事ですが、これをがんで死なないために例えると、良い生活習慣(安全運転)と、定期的ながん検診(シートベルト着用)が当てはまります。
万一、交通事故に巻き込まれても、シートベルト着用によって助かる確率は格段に高くなります。
がんになったとしても(事故に巻き込まれたとしても)、早期発見によって命を落とさずに済みます。
早期発見で治癒率は9割にも上るからです。
しかしどんなに安全運転を心掛けて、シートベルトを着用しても、巻き添えを食うなど、交通事故死を完全には避ける事は出来ません。
がんも、生活習慣を整えて、検診を怠らなくても、すい臓がんなど発見し難いがんになる事もあり、運だったと言う他はない場合もあります。
それでもこのセットが大切で、命を落とさないためには有効なのです。
食生活と運動習慣などの生活習慣と、定期的ながん検診の二段構えが大切なのです。

がんは、ゆっくり体の機能が落ちて死ぬことが出来る病。
ある程度、死が予見できる病です。
脳卒中や、心筋梗塞と違い、突然死する事はありません。
その間、心行くまでお別れが出来るし、感謝の言葉も伝える事が出来る。
人生の総仕上げ、店じまいも自分の意志で出来る。
悔いのない様に時間を過ごし、人生や死に対して思索を深め、尊厳を失わず死に臨む事が出来る。
中川恵一先生も、本の中で、死ぬならがんが良いと書かれています。

日本人は、死を忌み嫌って、まるでないかの様に避けてしまう傾向があると思います。
私もそうでした。
しかし、今、生きている人もいずれ死にますし、生の数だけ死があって、病気にならなくても死亡率は100%なのです。
死の恐怖を意識すれば怖いかも知れませんが、全て受け入れ、自然の成り行きに任せられるのだとすれば、優しい病だと思います。


父は胃を全摘出来たお陰で、普通の日常を送れるようになりました。
しかし、その後に続く抗がん剤治療は、79歳の身でやはり負担が大きく、だるさと食欲不振で体力が落ちてしまい、計画していた温泉旅行もキャンセルしてしまいました。
生来の我慢強さから元気な顔を見せてくれるものの、大変な状況には違いなく、娘としては日夜、心配が頭を離れません。

親をケアする事は、不思議と自分の癒しに繋がっている事に気付きました。
何か心の根底に温かいものがこみ上げ、満たされる思いがあります。
人間のこの世でのスタートは、何も持たず、何も出来ない赤ちゃんの姿で生まれ、そこから当たり前の様に全てをしてもらい、育ててもらっています。
歳を取ると、成長とは反対に、食事量は減り、少しずつ動けなくなり、寝ている時間も多くなり、そして最後には枯れる様に旅立って行きます。
人間の道行く先は、まるで逆回転を見る様に、最後には赤ちゃんに戻ってしまうのと同じだと思います。
子供は親にケアしてもらい、一人前に育ててもらい、その愛情を忘れず、今度は子供が年老いた親をケアする。
恩返しができる事、優しさをためらいなく発揮できる事、そのため自分も癒される思いがするのかも知れません。
高齢者のがんはありふれた病気、一種の老化現象として認識すれば、あまり深刻にならずにすみます。

遠慮深く、控えめな父なので、悪いね、ありがとね、と気を遣わせてしまう位なのですが、これからも、父が少しでも良い時間を過ごせる様、そして、悲しむ母を少しでも励ませる様、出来る事をして行きたと思っています。



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熊野詣 ~お知らせ~ [雑記]

先月、父親の大病が発覚しました。
80近い年齢もありいつ何が起こるか分からない状態、離れて暮らしているため、少しでも側に付き添いたい気持ちでいっぱいです。
そのため申し訳ないのですが、鑑定はしばらくお休みさせて頂きます。
しかし、今、お預かりしている分は、時間を掛けながら観させて頂きます。

ブログを始めた8年間で一番の危機、やはり気持ちに余裕がなく精いっぱいだと、人様の事を深く考える良い鑑定が出来ないだろうと判断しました。
星回りにも表れていますが、それを冷静に書くのも心が痛むので、時が過ぎ振り返った頃、書かせて頂くかも知れません。
鑑定に一区切りつける意味で、記念碑的にこれまで頂いてきたご感想や、関係ない事、気晴らし的な記事をアップするかも知れませんが、ブログは細々と続けて行く所存ですので、どうぞよろしくお願いいたします。

熊野詣をした和歌山旅行では、熊野本宮大社で頂いたおみくじが、自分の状況に的確に当てはまっていました。
今の私にとって、一番必要なメッセージを下さる神様の愛に涙が溢れそうになり、そしてありがたく、心強くもありました。

「水におぼれず、火にまたやけぬ、強いこころは神だのみ
神様におすがりする。こころから神様を信じておすがりすれば、腹がすわり、気が落ち着く。
どんな苦しい事に出あっても、悲しい事に行き合わせても、あわてず、騒がず、安心してすごして行かれる。
真の幸福は信神によって得られる。」

本当の危機に瀕したら、感情に溺れず理性で対処する。
出来る事のベストを尽くしたら、後は天に任せて、心強く、安らかに過ごす。
神様は見守って下さるので、不安がらずに覚悟を決める事。

今回の旅は、父の病気に向き合う勇気と癒しをもらいました。
大好きな父親と一緒に居られる時間を大切に、家族と協力しながら一番良い道を探り、少しでも実り多いものにして行きたいと思っています。



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荘厳な熊野本宮大社

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蘇りの聖地と言われる、まるで天国の様な大斎原
撮影禁止との事でここまでです。

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病気平癒のご利益が頂ける熊野速玉大社

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熊野信仰の原点、急な石段も底力を出して登り切った神倉神社

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ホーロー看板がレトロで良い雰囲気の街並み

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ホテルから夕暮れの海

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絵のように美しい熊野那智大社から飛瀧神社へ

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強い勝負運にあやかれる紀伊田辺の闘鶏神社

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頭のてっぺんのとんがりがチャームポイントの結浜

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空から富士山頂を観る不思議




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